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2021/10/21

自分に主導権を持つ
筆者:石黒太一
 

 
自分に問いかけることで自分の主導権を持つことができます。自分だとしても自分に主導権があることは当たり前ではありません。他人に左右されていることで、自分を見失っていることがあります。考えているようで考えていない。誰かがそうやって言ったから、あの人が自分のことを認めてくれないからなど、主語が他人になっているときは特に注意が必要です。
 
目的を持つということは、考えないとできないことです。本能的に目的を見つけることもありますが、マズローの法則で言えば「生命の維持」「安全」といった、物質な欲求に近いものです。もしくは、すでにピントがあたっていて、潜在的にも必要性を感じているものは直感的に見つけることができます。しかし、何気なく生活をしていると、日々行動はしているものの何のためにやっているのかが、わからないこともあるのです。良い習慣であればよいのですが、何も生み出さないような習慣であれば改善も必要です。そのためにも自分に対する問いが必要です。
 
反応的に行動することも、自分の「したい」を失わせています。目の前にお菓子が合って、無意識に手を伸ばすることがあったとします。自分で食べたいを選択しているのであればいいのですが、そこに食べ物があるから食べるになっているとしたら、一瞬自分に質問をすることです。「今、お腹が空いているのだろうか」「昨日、ダイエットをすると言ったあの宣言はなんだっただろうか」などです。それでも自分が食べるというは、主導権を持った選択です。その選択が良いかどうかは別の話が。
 
他人とのコミュニケーションでも主導権を持っているでしょうか。誰かと会話するときに主導権を持つというのは、会話をリードしたり、自分の押しつけのように聞こえますが、ここでは少し違いことを指しています。まずは、自分が何を大切にしているのかを持つことです。パートナーと今日はどこに外出するか、といった話をしているときに、何も考えを持たず相手に依存してしまっては、会話になりません。さらには、相手が何を大切にしているかも考えずに、ただ自分の主張だけをしても噛み合わなくなります。自分を持ちつつ、相手の大切にしていることも理解をする。依存や主張だけの自立ではなく、お互いのことを考えることで、相互依存の関係になることができます。他人に委ねるだけでは、自分のやりたいことを他人に決めてもらっているようなものです。
 
自分の行動や考えには自分自身が責任を持つことです。責任を持つことで、自ら選択する事ができますし、他人のせいで傷つくこともなくなります。自分に主導権を持つということは、自分のためでもあり、自由になることができます。

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